2006年 12月 27日
津波から2年(3) |
現地で遼平君と行動を共にしていた叔父の孝裕さんから取材を進めるうち、雑談からたまたま「余技(笑)のボクシングでタイは年に何度も訪れている」という話になり、「遼平は格闘技が大好きなので、気を紛らわせるためにもタイのボクシングの話をしてやって欲しい」ということに。
その後、取材抜きで遼平君とは、街のデパートに一緒に買い物に行ったり、バンコクでのムエタイ観戦のアドバイスをしたりと、彼の帰国までほぼ毎日接する機会がありました。
災害に巻き込まれたのに、買い物やムエタイ観戦など観光旅行のような行動は不自然に感じるかもしれませんが、付き添いの親戚の方がいちばん気を使っておられたのが「遼平になるたけ普段の日常生活を体験させて、家族を失った現実から少しでも気を紛らわせてやりたい」ということでした。
まあ、確かにいくら気を紛らわせても、現実から逃避できるわけではありません。僕は児童心理学者でもカウンセラーでもないので、専門的な見地からどのような接し方が正しかったのか分かりませんが「他にどのような接し方をしたら良かったのか分からなかった」というのが正直なところ。
遼平君は行方が分からない両親・弟の捜索のため、毎日ピピ島の現場に出向いていましたが、12歳の少年にとって1日のうちの何時間かは、精神的にも体力的にも、過酷な現実を一時でも忘れる時間は必要だったのではないかと思っています。
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by miccasharon
| 2006-12-27 21:45
| tsunami